2016/09/23
私が個人的に抱えている問題は、自分ひとりでも目一杯、精一杯アップアップの人には、はあ?というかんじだろう。
多くの人には共感は得られないと感じる。
なので、モチベーションが上がらないため、書かない。
共感を得てほしいから書くのではないのは、最初からのスタンス。
しかし、書くことによって、自分だけが救われたらよかった時期は過ぎてしまったようだ。
思いをぶちまけてスッキリする時期が終わった後に、次の段階として来るものは?
ぶーぶー不満を言うだけで何もしないで、じっと停滞しているのではなく、あれこれ手を打ちつつ、醸成、経過観察。
自分の思いをぶちまけられるしんどさは、うんざり。
聞かされるほうは、たまったものではない。
身に染みて、実感、体感。
しゃべったり、書いたりして鬱憤晴らし?
芸術にでも昇華させたら?
凡人には無理。
キ◯◯イ、と、天才は、紙一重。
作家は鬱病や、発達障害の人は少なくないようだ。
画家も然り。
芸術は、爆発なんだろう。
破裂してうまく着火し、良い方向に創造できればよいが、近隣を巻き込む大惨事、なんてことになっては、どうしようもない。
今朝の湿気ジメジメの暑苦しさでは、着火もしそうもない、わたし。
今日が良ければ明日も良い!と信じて、明日につなごう。
多くの人には共感は得られないと感じる。
なので、モチベーションが上がらないため、書かない。
共感を得てほしいから書くのではないのは、最初からのスタンス。
しかし、書くことによって、自分だけが救われたらよかった時期は過ぎてしまったようだ。
思いをぶちまけてスッキリする時期が終わった後に、次の段階として来るものは?
ぶーぶー不満を言うだけで何もしないで、じっと停滞しているのではなく、あれこれ手を打ちつつ、醸成、経過観察。
自分の思いをぶちまけられるしんどさは、うんざり。
聞かされるほうは、たまったものではない。
身に染みて、実感、体感。
しゃべったり、書いたりして鬱憤晴らし?
芸術にでも昇華させたら?
凡人には無理。
キ◯◯イ、と、天才は、紙一重。
作家は鬱病や、発達障害の人は少なくないようだ。
画家も然り。
芸術は、爆発なんだろう。
破裂してうまく着火し、良い方向に創造できればよいが、近隣を巻き込む大惨事、なんてことになっては、どうしようもない。
今朝の湿気ジメジメの暑苦しさでは、着火もしそうもない、わたし。
今日が良ければ明日も良い!と信じて、明日につなごう。
2016/09/12
「この中から、気に入ったのを選んで、あっちの机の上のノートに、日付と借り出した本の認証番号とクラスと名前を書けば、借り出せるのよ」
「はーい。じゃ、私、次の生物の樓宇轉按ために、コレ借りていこっと」
「私も、私も!」
「って、あんたは別のクラスでしょうが?」
「ええぇ~ 私もつかさちゃんとお揃いがイイ!」
「はいはい、ひかりん、そんなところで拗ねないの。ひかりんは梅田先輩の参考書を借りるのでしょ?」
「あ、そうだった」
ぺこっと頭をたたく少女が一人。
カビ臭い資料室の中に春風が吹いたかのような一瞬だった。
「あ、ついでに参考書を選ぶヒントなんだけど」
委員長、手近な一冊を取り出して、私たちを見回した。
「教科によって違うけど、なるべく5年から10年ぐらい前の窩輪投資版の参考書を選ぶ方がいいわよ」
委員長が言うには、さくらヶ丘女子は、県内有数の進学校だっただけあって、卒業生たちのレベルが高く、参考書へのマーキングや書き込みなどは、的確で、見やすく要領よく行われている。
なので、そういう卒業生たちが何代も何代もマーキングし、書き込んだ参考書の方が、つまり古いものほど、勉強になるのは確かなのだけど、今の学問世界、次から次へ進歩し、新しい知識・考え方が登場して、どんどん古いものと置き換わっている。
その結果、10年前よりも古い版になると、そこに掲載されている知識があまりにも古すぎて、役に立たない場面が多くなるのだとか。
もちろん、一年生で習うことであれば、基礎的なことが主なので、多少古くても、勉強に影響するなんてことは、ほとんどないのだけど・・・・・・
たとえば地理なんて、10年前の産業構造だとか、国際貿易体制とか見ても、はっきりいって、全然役に立たないんだよねぇ。
大体、10年前、中国経済が今みたいに日本のGDPに追いつき追い越すなんて、だれが想像していただろう?
「だから、勉強したいのなら、古いものを選んだ方がいいけど、あまり古すぎてもだめだから。適度に古いものを選ぶようにしてね。それと、うちに帰って復習する都合雋景もあるから、家にある参考書と同じタイプのものを選んでおくと、後で便利よ」
だそうな。
なるほど、なるほど・・・・・・
古本の参考書選びにしても、奥が深いものがある。勉強になった。
「はーい。じゃ、私、次の生物の樓宇轉按ために、コレ借りていこっと」
「私も、私も!」
「って、あんたは別のクラスでしょうが?」
「ええぇ~ 私もつかさちゃんとお揃いがイイ!」
「はいはい、ひかりん、そんなところで拗ねないの。ひかりんは梅田先輩の参考書を借りるのでしょ?」
「あ、そうだった」
ぺこっと頭をたたく少女が一人。
カビ臭い資料室の中に春風が吹いたかのような一瞬だった。
「あ、ついでに参考書を選ぶヒントなんだけど」
委員長、手近な一冊を取り出して、私たちを見回した。
「教科によって違うけど、なるべく5年から10年ぐらい前の窩輪投資版の参考書を選ぶ方がいいわよ」
委員長が言うには、さくらヶ丘女子は、県内有数の進学校だっただけあって、卒業生たちのレベルが高く、参考書へのマーキングや書き込みなどは、的確で、見やすく要領よく行われている。
なので、そういう卒業生たちが何代も何代もマーキングし、書き込んだ参考書の方が、つまり古いものほど、勉強になるのは確かなのだけど、今の学問世界、次から次へ進歩し、新しい知識・考え方が登場して、どんどん古いものと置き換わっている。
その結果、10年前よりも古い版になると、そこに掲載されている知識があまりにも古すぎて、役に立たない場面が多くなるのだとか。
もちろん、一年生で習うことであれば、基礎的なことが主なので、多少古くても、勉強に影響するなんてことは、ほとんどないのだけど・・・・・・
たとえば地理なんて、10年前の産業構造だとか、国際貿易体制とか見ても、はっきりいって、全然役に立たないんだよねぇ。
大体、10年前、中国経済が今みたいに日本のGDPに追いつき追い越すなんて、だれが想像していただろう?
「だから、勉強したいのなら、古いものを選んだ方がいいけど、あまり古すぎてもだめだから。適度に古いものを選ぶようにしてね。それと、うちに帰って復習する都合雋景もあるから、家にある参考書と同じタイプのものを選んでおくと、後で便利よ」
だそうな。
なるほど、なるほど・・・・・・
古本の参考書選びにしても、奥が深いものがある。勉強になった。